しかし、後半、栗田さんから発せられたラーメン論は、私が何気なく育んできていたように思っていたラーメン観に実は具体的で大きな影響を及ぼしていたのかな・・・と悟りました。
栗田さん曰く、ラーメンって異常な食べものだと思うの、と。
さあ、百余巻の『美味しんぼ』史上最高の場面のひとつである、栗田さんラーメンについて語る、どうぞ。
栗田 私いろいろ考えたんだけど、ラーメンって異常な食べものだと思うの。"
山岡 異常な食べもの?
栗田 だってそうでしょう。ラーメンを食べる雰囲気と環境は、ありとあらゆる外食の中でも特別のものがあるわ。屋台は言うに及ばず、専門店もみんなこぢんまりしていて、人気のある店であるほど混雑していて、とにかく落ち着いて食べるのを楽しむ雰囲気じゃないわ。
それなのに、やはりラーメンってに私たちは日本人は、心を引かれてしまうのよ。
それはなぜかしら。
山岡 ううむ……
栗田 ラーメンは日本の食物の歴史の中でも、長くて七十年か八十年しかない新参者だわ。同じ新参者でも、フランス料理や中華料理が日本人の心を引くのはわかるわ。食文化として両方とも、最高のものだから当然だわ。
でも、中華料理を日本風に変形したようなラーメンが、日本人の心をこんなに引きつけるのはなぜかしら……
私、ラーメン屋でラーメンを食べている人を見るたびに、考えてしまうの。みなに暗い顔をして黙々と食べているわ。食べる楽しみを享受しているとは思えない。何か罰でも受けているみたい。
そんな思いをしてまで、なぜラーメンに引かれるのか。それは何か、とても暗い情熱に突き動かされているからじゃないかと思うのよ。
山岡 暗い情熱!
栗田 言わば先祖返りを求め、自分の祖先が流されて来たその大本をたどる情熱。そんな情熱に、突き動かされているんじゃないかと思うの。
麺はどこから来たの? スープの味つけの基本はどこから来たの? 麺の上にのせる具はどこから来たの? その一つ一つがすべて異国から来たのは明らかなのに、自分の故郷から来たもののように、日本人に思わせるのはなぜなの?!
そういう難問に対する答えを探したいという情熱が、意識の下に潜んでいて、それが日本人をラーメンに引き寄せる、と考えると、なんだかつじつまが合うような気がするの。
山岡 なるほど……
栗田 だからラーメンは、異常な食べ物だと思うのよ。(pp.187-189)